DEVELOPMENT STORY

飛騨でつながった
唐辛子エキス

——警察装備資機材メーカーが挑んだ、
国産熊撃退スプレー開発秘話─

株式会社ジェイウィン

専務取締役 後藤 潤一郎

01

相次ぐクマ被害、
警察現場から始まった国産化

近年、日本各地でクマの出没やクマによる人的被害が相次いで起こっている。ニュースでは連日のように、市街地にまで現れるクマの脅威と、それに翻弄される人々の混乱が報じられている。出没現場に向かう警察官や自治体職員、山間部を巡回する人々にとって、万一の遭遇に備える装備の確保は切実な課題だ。

警察装備資機材を手がけるジェイウィンも、それまでは主にアメリカ製のクマ撃退スプレーを輸入し、警察などに販売していた。ところが、クマの出没が報じられるたびに注文が集中し、在庫が底を突くことがあった。輸入品のため、次の入荷を待っているうちにクマの活動期が終わりかねない。円安による価格上昇も重なり、安定供給は年々難しくなっていた。

そこでジェイウィンは、国内で開発・製造する熊撃退スプレーの開発に踏み切った。スプレー製品のノウハウを持たない警察装備資機材メーカーが国産化に挑む。そこには、現場の細かな不便を拾い上げ、『必要なものが市場になければ自ら作る』という、ジェイウィンならではの企業姿勢があった。

02

穴あきコーンと変化球
——警察装備資機材のプロが放つ
「現場の論理」

「弊社は2011年設立で、警察装備や資機材の企画、開発、製造、販売、レンタルを手がけています。北海道から沖縄まで、全国の警察組織と取引があります」

そう語るのは、ジェイウィン専務取締役で、開発の指揮を執った後藤潤一郎だ。社内製品のカタログを開くと、一見どこにでもあるような資機材が並んでいる。しかし、その一つひとつに、素人目にはわからない「現場の論理」が凝縮されている。

例えば、工事現場でおなじみのカラーコーン。ジェイウィンが警察向けに納品している製品には、側面に大きな穴が開けられたものがある。不審物が隠されていないか確認しやすくするための工夫だが、それだけではない。

警察向けに工夫された穴あきカラーコーンを説明する様子
「ホームセンターに売っている安価なコーンはポリエチレン製で、重さも1キロないくらいです。でも、うちの製品はPVC(塩化ビニール)製で、重さが3キロほどあります。重りを付けなくても安定して置きやすく、耐久性や耐寒性もある。また、用途によっては底の形状が丸いコーンも用意しています。普通の四角いコーンは、たくさん並べるときに少しのずれが気になり、まっすぐ並んでいるか何度も修正しなければならない。でも丸ければ、現場の作業員が気にせずポンポン置くだけで設置が終わる。テレビ映えも求められるマラソン大会などでも、迅速に作業できます」

全国の営業担当者が直接現場を回り、地域や部署によって異なるニッチな要求を拾い上げる。この徹底した「現場主義」こそが、ジェイウィンの背骨だ。

熊撃退スプレーの開発でも、その姿勢は貫かれた。ジェイウィンは本番用に加え、カプサイシンを含まない練習用スプレーも同時に開発した。

練習用の熊撃退スプレーを手に説明する様子
「警察は、いざという時に確実に任務を遂行できるよう、必ず事前に訓練します。例えば弊社が納品しているカラーボールも、本番用と一緒に練習用を納めています。ボールの中は塗料で完全に満たされているわけではなく、少し隙間がある。しかも樹脂製なので、中身が少しずつ蒸発していく。そうすると重心がずれ、投げた時に『変化球』のようになる。だから現場では『体を狙うな、足元を狙え』と訓練するんです。熊撃退スプレーも同じです。どのように噴射されるのか、どれくらいの勢いなのかを体感していない人が、突然クマを前にして使えるとは限らない。だから練習用が必要だと考えました」

単に強力な装備を作ればいいわけではない。現場の人間がパニックの中でも扱えなければ、設計上の性能を生かせない。警察装備資機材を扱ってきた会社だからこその発想だった。

03

材料は工場のすぐ近くにあった
——飛騨でつながった原料

警察などから寄せられていた需要を背景に、ジェイウィンは熊撃退スプレーの国産化を決めた。しかし、スプレー製品のノウハウはゼロ。開発の壁は高かった。

「原料がカプサイシン、つまり唐辛子由来の刺激成分だということは、輸入品を扱っていたのでわかっていました。ところが、そのカプサイシンをどこで、どれだけ手に入れられるのか、皆目見当もつかなかった。弊社はエアゾールスプレーに類する製品を一度も作ったことがなく、どこに相談し、どう作ればいいのか、まったくルートがありませんでした」

頭を抱えていた時、思わぬ接点が見つかった。舞台は、ジェイウィンの工場がある岐阜県飛騨市だった。

「社内で『カプサイシンを安定的に供給してくれる会社はどこにあるんだろう』と話していたら、工場のすぐ近くにある地元の製薬会社の名前が出たんです。調べてみると、その会社はカプサイシンエキスを手がける国内有数のメーカーだった。飛騨市は小さな町ですから、『その会社に勤めている人を知っています』という社員がいて、すぐ連絡を取ってもらいました」

その製薬会社にとっても、カプサイシンエキスを熊撃退スプレーに使うのは初めてだったが、原料供給の話がまとまり、暗礁に乗り上げかけていた計画は動き始めた。

サプリメントや調味料、温感湿布などに使われてきた飛騨の唐辛子エキスが、クマとの遭遇に備える装備の材料へと姿を変える。地域のつながりと、現場の需要が結びついた瞬間だった。

身振りを交えて開発について語る後藤潤一郎氏

04

高価な噴射剤でも譲れなかった
飛距離と噴射時間

材料の確保にはめどがついた。しかし、ものづくりの苦難はここからが本番だった。ジェイウィンが掲げたのは、海外製品を意識しながら「飛距離10メートル以上、噴射時間10秒以上」を目指すという開発目標だった。

社内で、これまで扱ってきた輸入品の成分や濃度を分析し、その濃度を上回る設計を目指したという。なお、残念ながら実際のクマに直接噴射する試験は行えていない。クマ牧場や猟友会に協力を打診したものの、実現しなかった。相次ぐクマ被害の問題とは別の次元で、動物愛護の声も高まっている。そうした面から考えると無理からぬことだ。既存製品の分析結果をもとに効果を見込む設計とした。

長い飛距離と噴射時間を確保するため、噴射剤には「HFO-1234ze」を採用した。価格は一般的なガスより高く、充填を依頼した業者からも驚かれたという。

「業者さんから『本当にこんな高価なガスを使うんですか』と聞かれました。1回限りの使い切りで、しかも使わないに越したことがない装備に、そこまでコストをかけるのか、と。でも、そこを削れば目標とした飛距離や噴射時間に届かない。必要なものだから使ってくださいとお願いしました」

ガスが決まっても、トラブルは続いた。カプサイシンを含む液体は、スプレー缶に充填し、時間が経過すると状態が安定せず、狙った通りに噴射できないことがあった。

「液体の状態ではうまく混ざっても、缶に入れて置いておくと不具合が出たり、ガスを入れるとうまくいかなかったりしました。科学的な大発見があったわけではありません。配合を変えながら実験を繰り返し、トラブルを一つずつ潰していきました。その結果、時間が経過しても安定して噴射できる溶剤にたどり着きました」

同時に、操作部分にも「現場の論理」が注ぎ込まれた。海外製品には、銃の引き金を引くようなガンタイプや、上からグリップを握る形状が多い。しかし開発陣は、そうした形状は日本人にはなじみが薄く、幅広い年代が直感的に使える形を優先すべきだと考えた。

誤噴射を防ぐカバーに囲まれた熊撃退スプレーの噴射ボタン
「日本人が一番押し慣れているのは、昔ながらの殺虫剤のようなボタンです。だから上から押す形にしました。ただし怖いのは、誤って押すことや、噴射方向を取り違えることです。そこでボタンの周りをカバーで囲い、指が噴射口の後ろ側から入るようにしました。自分に向けて噴射する危険を減らすための構造です」

こうして、飛騨の原料とジェイウィンの現場感覚を組み合わせた、国内開発・製造の熊撃退スプレーが形になった。

05

売れなかった国産品が、
展示会を機に初回ロット完売へ

「2025年7月に発売したのですが、最初はあまり売れませんでした。弊社の主な顧客は警察組織で、BtoBの会社です。一般消費者向けの販路も宣伝のノウハウも弱く、最初の数カ月は商品が倉庫に眠ったままでした」

潮目が変わったのは、同年10月に東京ビッグサイトで開かれた「危機管理産業展(RISCON)」だった。同じ時期、秋田などでクマの出没が相次ぎ、全国的な関心が高まっていた。

会場を訪れた自治体関係者や警察、自衛隊の関係者が、ジェイウィンのブースで足を止めた。

「秋田から来られた方に『息子が秋田の学校に通っていて毎日心配だ。秋田にも売ってほしい』と相談されたり、自衛隊や警察の方から『山に入るなら欲しい』と言っていただいたりしました。展示会が終わった翌週から、問い合わせが増えていきました」

初回に用意した1万本は、10月中にほぼ完売したという。

06

購入者は
「山のプロ」だけではなかった

その後、購入先は自治体や警察だけでなく、山間部を日常的に回る事業者にも広がった。新聞配達員、郵便配達員、保険外交員、プロパンガス事業者、山あいの工事現場などからも引き合いが寄せられた。

「新聞や郵便の配達員、プロパンガス事業者の方々は、クマが出る可能性があっても、そこに生活している人がいる限り仕事に行かなければなりません。山に行けば行くほどプロパンガスを使う家庭も多く、ボンベを交換しに行く必要がある。そうした方々から『持たせたい』『持ちたい』という注文をいただいています」

登山者や猟友会だけではない。地域の暮らしを維持するため、危険があっても現場に向かわざるを得ない人々が、この製品の購入者になっていた。

07

ダジャレを退けて
「熊撃退スプレー」に込めた実直さ

現在、この熊撃退スプレーは、岐阜県飛騨市のふるさと納税の返礼品にも選ばれている。地元農家が育てた唐辛子を原料に、飛騨市内の製薬会社と同市に工場を置く企業がつながって生まれた製品だ。

インタビューの最後、直球の名称「熊撃退スプレー」の由来を尋ねた。

「社内でネーミングを募集したんです。ところが出てくるのはダジャレばかり。『くまったスプレー』とか、クマが逃げるから『逃げるベアー』とか。『逃げるベアー』は少し捨てがたい気もしたんですけど(笑)、警察や官公庁に納品するのに『逃げるベアーです』とは言いにくい。それで結局、一番ストレートな『熊撃退スプレー』に落ち着きました」

ジェイウィンは、現場から寄せられる細かな要望に応え、市場にないものなら自ら作るという姿勢で製品を生み出してきた。派手な名前ではなく、用途をそのまま示す名称を選んだところにも、その実直さが表れている。

「逃げるベアー」にならなかったそのスプレーは、万一の遭遇に備える装備として、今日も山間部の仕事や暮らしの現場で携行されている。

本番用と練習用の熊撃退スプレーと専用ホルスター

JKS-240 / JKS-RE

国産熊撃退スプレーと練習用スプレー

熊と人が、
それぞれの場所で生きる。

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